完璧な麻酔管理で手術は無事終了。覚醒前にフェンタニルも十分投与し、「さあ、スッキリ覚まして回復室へ」と抜管。
その直後でした。
患者さんが「痛い!痛い!」と叫びだし、体温は正常なのに、まるで真冬の屋外にいるかのようにガタガタと激しく震え始めたのです。
手術を終えた外科医も、片付けをしていた看護師も、一斉にこちらを向く。手術室に響く患者さんのうめき声と、無言の視線が突き刺さる気まずい空気…。
「なぜ?あんなにフェンタニルを入れたのに…」「熱もないのに、このシバリングは何なんだ…?」
自分の麻酔管理に何か重大なミスがあったのかと、頭が真っ白になるような経験、ありませんか?
実は、その冷や汗ものの瞬間の“犯人”は、あなたのせいではないかもしれません。
犯人は、術中に使った『切れ味抜群の優等生』、レミフェンタニルかもしれないのです。
この記事では、レミフェンタニルが引き起こす「オピオイド誘発性痛覚過敏(OIH)」という逆説的な現象の正体と、その対策について、明日からの臨床に役立つ知識とともに徹底解説します。
あの気まずい瞬間の「なぜ?」を、一緒に解き明かしていきましょう。
謎を解くカギ:「急性耐性」と「OIH」、2人の“共犯者”
術後のあの不可解な激痛とシバリング。その背後には、実は性質の異なる2人の“共犯者”が隠れています。それが「急性耐性」と「オピオイド誘発性痛覚過敏(OIH)」です。
「急性耐性」- 薬に“慣れて”しまう現象
- オピオイドが結合するμ(ミュー)オピオイド受容体が、ずっと刺激され続けることで「もうお腹いっぱいです…」と反応が鈍くなります(脱感作)。さらに、一部の受容体は細胞の中に隠れてしまい、サボり始めます(内在化)。結果として、鎮痛の司令塔が減ってしまうため、同じ量のオピオイドでは効きが悪くなるのです。
- 臨床での現れ方
- 術中に、同じような手術操作なのに血圧や心拍数が上がってきたため、レミフェンタニルの投与速度を少しずつ上げる必要があった。
- 術後に投与したフェンタニルの効果持続時間が、いつもより短い気がする。
「OIH」- 痛みに“敏感”になってしまう逆説
- レミフェンタニルは鎮痛のためにμ受容体を刺激する一方で、実はその裏で、痛みを増幅させる「痛覚アクセル(NMDA受容体など)」を暴走させています。
術後、レミフェンタニルの効果が急速に切れると、鎮痛というブレーキだけがなくなり、暴走した「痛覚アクセル」だけが全開で残ってしまうのです。その結果、普段なら何でもないような体動や創部への軽い接触でさえ、激しい痛みとして感じてしまいます。 - 臨床での現れ方
- 術創部だけでなく、その周りの何でもない皮膚を触っただけでも「痛い!」と叫ぶ(アロディニア)。
- フェンタニルを追加投与しても、一向に痛みが良くならない。むしろ悪化しているようにさえ見える。
- 体温は正常なのに、中枢性の過剰な興奮が原因でシバリングが起きる。
なぜレミフェンタニルは特にOIHを起こしやすいのか?
数あるオピオイドの中でも、なぜレミフェンタニルは特に「OIH」の“常習犯”として名前が挙がるのでしょうか。
それは、レミフェンタニルが持つ**「超・短時間作用性」**という最大のメリットが、皮肉にもOIHを引き起こす最大の引き金になっているからです。
一般的に、レミフェンタニル誘発性痛覚過敏(RIH)は、0.3 mcg/kg/min以上といった比較的高用量のレミフェンタニルを持続投与し、術後に急激に中止した場合に起こりやすいと考えられています。
では、どうすれば?明日からできるRIH対策
絶望的な話ばかりではありません。幸い、私たち麻酔科医にはRIHのリスクを低減させるための有効な武器がいくつかあります。すべてを完璧に行うのは難しくても、一つでも意識するだけで患者さんの術後は大きく変わるかもしれません。
① レミフェンタニルの投与濃度を見直す
基本中の基本ですが、レミフェンタニルの投与量は臨床的に許容される限り低用量(As low as clinically feasible)」を常に心がけましょう。「自分はそんなに高用量で使っていない」と思っていても、ある研究では0.2 mcg/kg/min(0.2γ)の持続投与でさえ、術後のオピオイド要求量が2倍になったというデータもあります。特に0.25-0.3 mcg/kg/minを超えるような高用量域では、RIHのリスクが格段に高まることを念頭に置くべきです。
② “オピオイド一本足打法”からの脱却(マルチモーダル鎮痛)
術中の鎮痛をレミフェンタニルやフェンタニルといったオピオイドだけに頼るのは危険です。NSAIDsやアセトアミノフェンを投与したり、神経ブロックや局所浸潤麻酔を積極的に活用したりすることで、オピオイドの使用量そのものを減らす「マルチモーダル鎮痛(多角的鎮痛法)」を徹底しましょう。これにより、オピオイドへの依存度が下がり、RIHのリスクを根本から低減させることができます。
③ プロポフォール(TIVA)の活用
麻酔維持薬の選択も重要です。複数の研究から、吸入麻酔薬とレミフェンタニルを併用するよりも、プロポフォールを用いたTIVA(完全静脈麻酔)の方が、RIHを抑制する可能性があることが示唆されています。これは、プロポフォールが持つ弱いNMDA受容体拮抗作用が、レミフェンタニルによる痛覚アクセルの暴走にブレーキをかけてくれるためと考えられています。高用量レミフェンタニルが必要な症例では、TIVAを選択することが賢明な一手かもしれません。
④ 術中のケタミンの少量投与
RIHの“黒幕”がNMDA受容体の暴走であるならば、その受容体を直接ブロックしてしまえばいい。そのための強力な武器がケタミンです。研究では、導入時の少量ボーラス(例: 0.5mg/kg)や、術中の微量持続投与(例: 5mcg/kg/min)が、高用量レミフェンタニルが引き起こすRIHを劇的に予防したことが示されています。まさに「特効薬」とも言えるケタミンの併用は、RIH対策の切り札となり得ます。
参考文献
Regulatory Effects of Propofol on High-Dose Remifentanil-Induced Hyperalgesia Physiol Res. 2019 Dec 19;69(1):157–164. doi: 10.33549/physiolres.934133
Remifentanil-induced postoperative hyperalgesia and its prevention with small-dose ketamine Anesthesiology. 2005 Jul;103(1):147-55.
レミフェンタニルと術後1年の慢性疼痛リスク
Remifentanil during cardiac surgery is associated with chronic thoracic pain 1 yr after sternotomy Br J Anaesth. 2012 Oct;109(4):616-22.
心臓手術後の胸の傷の痛みは、決して珍しいものではありません。この研究では、手術から1年が経過した時点でも、患者さんの5人に1人(20%)が慢性的な胸の痛みに悩まされていると報告しています。
そして、その後の詳細な解析で、1年後の痛みを左右する3つの強力なリスク因子が浮かび上がりました。
- 術中のレミフェンタニル使用
- 年齢が69歳未満であること
- 肥満傾向であること(BMI 28以上)
中でも衝撃的だったのが、レミフェンタニルの影響です。
統計的に、レミフェンタニルを使用した患者さんは、使用しなかった患者さんに比べ、1年後に慢性疼痛を患う確率が約9倍(オッズ比8.9)も高かったのです。
これは偶然では片付けられない、極めて強い関連性を示しており、我々麻酔科医が術中に使用する薬剤が、患者さんの1年後の生活にまで影響を及ぼす可能性を示唆しています。
【まとめ】レミフェンタニルを賢く使いこなし、患者さんの未来を守るために
術後痛が強い手術やフェンタニルのIV-PCAが必要になりそうなケースでは、術中のオピオイド、特にレミフェンタニルの使い方に気をつけましょう。バランス麻酔は「鎮静はやや厚め、鎮痛はマルチモーダルで補強」を基本に。いちばん大事なのは、レミフェンタニルは最小限にして、過量投与を避けることです。
